Red / 警報

「僕が、えーっと七月?くらいに見つけた音声ファイルなんですよ。入った翌年の。 
別の番組で、昔懐かしの音楽番組を一挙に振り返ります~みたいなの、
あるじゃないですか。あれ用の音源で探したいやつがあって
で、アーカイブが残ってる資料室に行ったときに見つけたやつなんですよ」

「保管されてる量は馬鹿多いんですけど、
そんなに資料室自体は大きくないっていうか。何個か資料室があって、
分散して?整理されてるから、ひとつひとつの部屋に保管されてるのは
そこまでの量じゃなくて。だからすぐに見つかるかと思ったんですよ、
でも中々見つからなかったんですよ、当時のテープが」

昔を振り返る趣旨の番組制作のために、
テレビ局の資料室へ入って資料映像を捜したサトウさん。

しかし、幾つかのテープを分散して違う部屋に格納していたために、
テープの発掘には思わぬ時間がかかってしまったのだという。

「後で聞いたら、いっこ部屋を間違ってたっぽいんですよ僕。
資料室“ビー”と資料室ディー、“デー”を聞き間違えてて、
そもそもそっちに本来の目当てだった番組は収納されてなかったらしくて」

聞けば、外注していた制作局の違いや、
編成ごとのアーカイブ方法の違いなどによって、
同じ局の番組でも保存方法が違う時代があったようで。

彼がそのとき勘違いで探していた部屋は、
音楽を中心としたバラエティ番組のマスターテープはほぼなく、
ドラマやニュース、或いはそのインサート映像を
主に保管している場所だったそうである。

そちらの部屋でめぼしいものを捜し、
中々目当てのものが見つからないことから、
サトウさんはいつしか部屋の隅の方まで視線を配り、
テープを確認していた。

「まあそれこそ今の僕みたいに、資料映像として番組で良く使う──
それくらい人気のあるテープの方が、
基本的には取り出しやすい位置にあるものなんですよね」

「だから隅っこのほうにあるのになればなるほど、
いかにも昭和のアングラな実験番組っぽいタイトルとか、
そういうものが増えてきてて。まあそれはそれで、面白かったんですけど」

そこで彼は、ひとつの記録媒体を確認したそうだ。

「それ、SDカードだったんですよ。それも2GBとかの、
古いデジカメとかにしかないような安っぽいやつで。
ただその部屋の中だけでいえば、全然比較的新しい媒体だったし、
部屋の隅にマスターのテープとかと一緒にぽいって
無造作に置かれてる感じだったから、
これワンチャン、普通に誰かの忘れ物なんじゃね?って思って」

「──もっと言えば、テープ全然見つかんなかったから、
せめて会話を逸らすじゃないですけど、
でも忘れ物見つけましたよ、それには気付けましたって感じで
言いたかったっていう部分もあって、
とりあえず一回オフィスに戻って」

そこでサトウさんが差し出したSDカードを見た職場の先輩たちは───
当然ながら、めぼしい心当たりなどを知らなかった。
そもそもが特徴のないSDカード。
当然といえば当然である。

それに、仮にSDカードを使うような現場だったとして、
そんな低容量のものを持って行ったところで焼け石に水でしかない。

そのため、どちらかというと個人の落とし物として
事務室辺りで処理を頼んだ方がいいのではないか、というのが彼らの見解だった。

「そこで、一応私のパソコンで──ちょうど例の番組制作で、
古い記録媒体も読み込める用のUSBハブっていうか、アダプタみたいなのを
パソコンに挿してたから、その見つけたSDカードを読み込んだんですよ。
そしたら、中にmp3のファイルが入ってて──
要は音声ファイルが一個入ってて。
で、一緒に 動画ファイルも一個入ってたんですよ、
でもそっちは破損してたから見れなくて、
実質音声ファイルが一個だけが入ってる感じでした」

ファイル名は半角の小文字とアンダーバーで、
「red_alert.mp3(レッドアラート・エムピースリー)」。

破損している方の動画ファイルは、
拡張子だけが違う同じタイトルだった。

「だからつまり、これは別の記録媒体──
それこそ古いビデオテープなんかに入ってた動画を、
比較的新しい媒体に取り込んで書き出してるんじゃないかと思ったんですよ。
ほら、例えばVHS、ビデオテープを
DVDに取り込みたいとかあるじゃないですか。できるんですよ、
ビデオをもう見れないからDVDに焼いてくれ みたいな。
カメラ屋さんとかでやってくれるんですよね。
ああいう感じで、何かひとつの動画をコーデックで変換する過程で、
同じ内容の音声と動画がひとつずつできたんじゃないかなって」

そして、まず動画を確認しようとしたものの、
先ほど言った通り動画はデータが破損していて見れなかったため、
サトウさんはそのまま音声ファイルをダブルクリックし、
再度イヤホンを装着した。

「──そこで流れてきた音声が、……何て言うんですかね、すごい気味悪くて。
たぶん、非常用アラートっていうか、緊急速報とか、
そういう類の音声だとは思うんですよ」

「例えば『大雨が降っています、ただちに避難してください』みたいな。
でも、絶対に、そういう自然現象としてテレビ局が普通に発信するような
音声ではなかった。なかったですね、あれは。
先輩たちにも聞いてみたんですけど、なんか全員『なんだよこれ』って。
不気味がるだけで、みんな何の心当たりもないみたいでしたね」

あるテレビ局の資料室から発掘された、
制作時期も制作者も、そしてそれを流さなければならない状況も、
その一切が不明な「警報(アラート)音声」。
そこには、もうひとつの不可解な点があった。

「最初は、例えば災害警報用のテープみたいに、
何かあったときにテレビ局から流すための音源だと思ったんですよ。
だから、もう古くなったからそれを、SDカードにエンコードしてるんだって。
でも、よく聞いてみると、それ以外にもところどころ何か聞こえる気がして。
……なんというか、息を殺してる、泣き声、みたいな」

流される警報音声と、それにまじって聞こえる泣き声。
そこでサトウさんは、あるひとつの想像を巡らせました。

「もしかして、それは『アラートの音源』じゃなくて、
『アラートが実際に流されている現場の映像』を、
音として聞いてるんじゃないか。……そう思えてきて」

「いや、映像ファイルのほうは破損して見れなくなってるから、
想像でしかないんですよ? ないんですけど。
でも、あながち間違ってないような気もするんですよ。
だとしたら、この明らかに異常な『警報』はどこで撮影されて……
で、何より誰が、それをダビングしようとしたんだろうって、
思っちゃって」

その出自も、録画時期も、撮影者とその安否も、
何もかもが不明な音声ファイル、「レッドアラート」。

これから、五回の電子音のあとに、その音源を公開する。


(どこかの閉所に閉じこもっているであろう数名の男女が、
各々無言で荒い息を整えている)

(時折、啜り泣くような声も聞こえる)

(突如として、非常に荒い音質のピアノ音楽が流れだす)

(その後、アラート音が繰り返して二回流れる)

(男性アナウンサーのような声で、以下の文章が淡々と読み上げられる)

「緊急速報をお知らせします 緊急速報をお知らせします」
「(判読不能)ホテル、402号室及び403号室にて、
 大型で活発的な天狗を確認しました」

「現在、天狗は南西の方角、ホテル西棟4階方面へ向かっているとみられ、」

「今後も強い警戒が必要です」
(ふたたびクラシックが流れ始める)

(くぐもった唸り声が、恐らくはその閉所の近辺から聞こえている)

(乱暴にドアが開くような音がしたあとで、突然に音声が途切れる)


その音声の詳細は、いまだ判明していない。

なお「天狗」という語は、
凶事を知らせるという流星を指す言葉としても用いられるという。